【新作告知】「長くなだらかな坂」

2021年06月23日

 明治36年、晩秋——。

 雇われ文士の那珂川二坊は頭を抱えていた。『万朝報』に寄せねばならない実録記事が、未だ文章は疎か、題材すら見つけられずにいたのだ。

 竹杖片手に東京中の辻裏という辻裏を覗いて廻ったが、これはと思うような事件はなかなか見つからず、気が付けば〆切前夜を迎えていた。

 途方に暮れながら馴染みの簡易食堂に入った那珂川は、清吉という、千駄ヶ谷の徳川公爵邸で起きた強盗事件の関係者だという青年と出会う。自らの危険も顧みずに強盗に引っ捕らえたことで、清吉は徳川家から感謝されるだけでなく、巷でも英傑扱いされていた。

 清吉の活躍譚ならば記事になり得ると考えた那珂川は、早速事件当夜のことを尋ねてみた。躊躇いがちに、しかしどこか誇らしげな顔の清吉が語る捕物咄に、那珂川を含む誰もが感嘆の息を吐くなか、隅の席にいた一人の客が不意にこんな声を上げた。

「今の清吉はんの話、辻褄が合うてへんことばっかやおへんか」

 唖然となる那珂川たちを前に、福田と名乗ったその客は、ひとつの推論を語り始める——。



 小学館の月刊誌『Story Box』7月号に「長くなだらかな坂」という短編を寄稿しました。伊吹亜門の新シリーズ《帝国妖人伝》(どこかで聞いたような名前ですね!)の一作目になります。いえーい。

『Story Box』誌上では〈ミステリ界新鋭×20世紀の偉人たち〉という紹介をして頂きましたが、コンセプトとしてはつまり"そういう"ことです。

 一人目の「妖人」は果たして何者か? お楽しみ頂ければ幸いです。