【新作告知】『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』

2022年06月25日

「物的証拠はまったくない。しかし、論理的にはその通りだ」

「論理的にはだって?」

 私は頓狂な声を出した。

「そうだ。だが、世界は論理でできあがっている。現実は、それを追うんだ」

島田荘司『リベルタスの寓話』



 この世は闇に充ちている。

 第四次産業革命と呼ばれるIoT化はますます進展し、文明の光はこの惑星を隅々まで照らし上げた。かつて世界の大半を覆っていた神秘のヴェールは当の昔に剥ぎ取られ、古来人間を翻弄し続けた神秘霊妙の数々も、今やその殆どが科学の力によって明るみへと引きずり出されている。

 しかし、光の多い所には強い影がある。

 文明の光が日常を明るく照らし上げるほど、その裏には、到底理解の及ばない漆黒の世界が広がっていく。


 妖たちは、そんな暗闇のなかに棲んでいた。


 奴らが糧とするのは人の妬み、嫉み、怒り、憎しみ、そして哀しみ。人間が不幸になればなるほど連中は悦び、邪な唄を口ずさんで暗がりのなかで踊り狂う。そして隙あらば、傷つき、項垂れた人間の首に手を掛けようとするのだ。

 この地で人間が営みを始めてから幾星霜。人と妖の戦いは無限に繰り返されてきた。そして、その争いは未だ終わる所を知らない。

 人が人である——他者を愛し、慈しみ、そして憎む——限り、この世から闇が払われることはない。そこに蠢く妖が滅されることも。 


 だからこそ、陰陽師が存在する。


 虎視眈々と獲物を狙う妖から人々を守護する御役目こそ、平安の御代から玲和の今に至るまで脈々と受け継がれてきた陰陽師の務め。彼ら彼女らは月と星の動きから吉凶を占い、土地や人に仕掛けられた呪言を解き、衆生に害為す妖を調伏する。そうして浸蝕する闇を抑え、光の下に生きる人々の安寧を護るのだ。

 人に知られることも無く、今宵また仕事を終えた陰陽師たちは、闇から闇へ消えていく。

 これは、そんな一流の陰陽師を目指す京都陰陽寮明學院の陰陽師候補生、狩埜師実の物語である。



 ご無沙汰しております。

 以前からお報せしていました「京都×陰陽師学園×退魔戦闘×本格ミステリ」の新作中編集『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』をお届けすることが叶いました。出来れば年1冊のペースは崩さすにいきたかったので、ひとまず2022年のノルマは達成です。やったぜ。

 本作は〝陰陽師〟と呼ばれる能力者が活躍する世界線でのお話なので、もしかしなくても所謂「特殊設定ミステリ」になるのかも知れません。伊吹亜門はのっぴきならない理由から「特殊設定ミステリにだけは手を出すまい」と固く心に誓っていたのですが、遂にその誓いを破ってしまったという訳です。

 多くの中高生がそうである(?)ように、私も中学・高校時代はジャンプやサンデー、マガジンの漫画を読み耽り、あからさまに影響を受けた自作バトル漫画の設定をノートの片隅にせっせと書き綴っていたクチでした。そんな自分だけの〝かっこいい物語〟が、10年以上の年を経てこうして蘇ったのは、懐かしいような恥ずかしいような不思議な感覚です。(久賀フーナさんに担当いただいたイラストが本当に素晴らしくてですな……)

 しかし伊吹亜門の名前で出す以上、バトル要素全振りということはありません。いつものようなミステリも、ちゃんとやらせて貰っています、多分、maybe、perhaps 。

 さて、という訳で——

北嵯峨山中で肝試しをしていた大学生が、臓腑を抜かれた屍体で発見される。しかし、そこには不可解な証言の食い違いが存在した。

~第1話 長刀坂忌譚~


鹿ヶ谷に隠された術式封じの結界、牡蠣殻堂。護衛のため周囲を見張る師実たちだったが、何人も立ち入らなかった筈の堂内からは、護衛対象が首の無い屍体となって発見される。

~第2話 牡蠣殻堂事件~


祇園で執り行われる無車家当主継承の儀において、神酒を廻し飲んだ内の片方だけが毒に倒れる。盃に伸ばされた毒殺者の見えざる手の正体とは?

~第3話 祇園結界防衛指令~


 3話からなる陰陽活劇推理譚。お楽しみ頂けたら幸いです。



 年1作ペースとは云いましたが、出せるものなら出したいですよね。

 それでは次回作の舞台、愛憎渦巻く大正10年の京都でお会いしましょう。