亜門怪談噺2

2020年07月25日

 怖い話がめっぽう好きで、勤め先で飲み会があった時も「何か妙な体験とかしたことないですか?」と聞いて廻っています。

 今日は、つい最近、職場の後輩から聴いた妙な話でも一つ。

 製紙工場に勤めるOさんの話。

 Oさんは、工場内の事務経理を担当する総務課の所属だった。その晩、機械の電源や戸締まりなどを確認してから事務所に戻ると、一緒に残っていた同僚のWさんがOさんを呼んだ。

「これ見て下さい。故障ですかね」

 Wさんはそういって、事務所の隅にある防犯カメラのディスプレイを指した。敷地内には9つの防犯カメラが設置されており、そこの映像が記録も兼ねて、3×3で分割された画面にリアルタイムで映し出されているのだ。

 しかし、Wさんが指した右下の画面は、どういう訳か真っ黒になっていた。

 最初はОさんも故障だと思った。だが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。というのも、黒い画面の下には、白い文字で「倉庫棟」という文字と今の時刻が表示されていたからだ。

 倉庫棟の天井は3mほどで、防犯カメラはその角から見下ろすような角度で設置されている。遮る物は何もない筈だから、何かのはずみでカメラが動いてしまい、近くの壁でも映しているのだろうか。脚立は倉庫棟にもある筈なので、Оさんは鍵だけ持って事務所を出た。


 扉は閉まっていたが、何故か鍵は開いていた。不審に思って電気をつけると、宙に浮く二本の脚が視界に飛び込んできた。

 反射的に顔を上げる。男と目が合った。天井の角で、作業服姿の男が首を吊っていた。

 もう手遅れだと直感的に思ったが、それでもОさんは急いで駆け寄り、ぶら下がった脚を揺すりながら声をかけた。案の定、反応はなかった。

 最近入社したばかりの、若い契約社員だった。真下まで来てわかったが、彼は倉庫の梁に縄を掛けて首を吊っていた。隅にある防犯カメラは彼の後頭部を映している。だから何も映らなかったのかとОさんは思った。近くには、開いたままの脚立が倒れていた。

 とにかく降ろさなくてはと思ったが、一人で抱えられる自信はなかったのでいったん事務所に戻ることにした。構内連絡用のPHSを持っていたが、そこまで気が回らなかった。Оさんが脚を掴んだ衝撃で、死体は今もくるくると回っていた。

 警察や消防への連絡、また管理職への連絡などこれからすべきことを頭のなかでまとめながら事務所まで戻ると、どういう訳かWさんが青い顔をして扉の前に立っていた。

 Оさんが口を開くより先に、Wさんは「ディスプレイに変な物が映った」といった。

 Оさんが出て行った後もそれとなくディスプレイを見ていたら、急に黒色が反転して、画面いっぱいに、目を大きく見開き、半開きの口から長い舌を垂らした蒼白い男の顔が映ったのだという。「誰か倉庫にいたんですか」とWさんは気味悪そうにいった。

 Оさんは中に入ってディスプレイを確認したが、画面は元の通り真っ暗なままだった。自分が揺らしたせいで死体の向きが変わって、カメラの方に顔が向いたのだろう。Оさんはいま見て来たことをWさんに説明して、2人で警察などへの連絡を行った。

 それからが大変だった。警察に事情を聞かれたり、慌てて駆けつけた各部署の管理職の前で同じ説明を繰り返したりなどして、ようやく解放されたのは朝方近くだった。

 Wさんと別れ帰路についたОさんは、途中でふとあることに気が付いた。

 Wさんが見たというディスプレイの顔のことだ。Оさんは、死体が回ってカメラの方を向いたのだと思っていた。だが、よく考えるとそれはおかしい。カメラは死体よりも高い場所に設置されていたはずだ。現に、下から見上げた時、カメラは後頭部を映していた。

 高さが足りないのである。いくら向きが変わっても、顔が映り込む訳がない。それこそ、死体が頭をもたげてカメラの方を向いたりしない限りは。

「結局、遺書とかも見つからなかったんで、何で彼が自殺したのかは分からずじまいだったんですよね」

 Оさんは今もその工場に勤めている。倉庫棟に行くことはそうでもないが、防犯カメラのディスプレイを見る時は、今でも少しだけ厭な感じだ、という。