伊吹亜門、東へ

2019年07月02日

「ううん。東京、大嫌いなの」

「どうして?」

「欲しいものは何でも手に入るけど、本当に欲しいものだけ手に入らないから」

連城三紀彦『流れ星と遊んだころ』

 ご無沙汰しております。

 開設当初は「どれだけ筆無精でも、まァ月二か三ぐらいは更新できるだろ」と高を括っていた私ですが、ご覧の通り滞っておりますのは全く以て不徳の致すところです。


 採り上げてもいい、むしろ採り上げて然るべき話題はこれまでにも幾つかありました。

 例えば、今年のゴールデンウィークには佐賀に行き、江藤新平のお墓参りをしてきました。その足で佐賀城本丸歴史館を訪ね、江藤さんの書なんかも見たりしたのですが、いざPCの前に座るとなかなか文章が纏まらず、気分転換に他の原稿なんかやっている内に段々と存在を忘れてしまい、思い出した頃にはアップの時機を逸していたという次第。いけませんね。

 ということで久々の酒樽奇談です。

 第19回本格ミステリ大賞の贈呈式とそれに伴うトークイベントのため、東京に行って来ました。


 まず贈呈式について。

 檀上で、京極夏彦先生がデザインされたあの有名なトロフィーを頂いたのですが、あれ、実は凄く重たいんです(持った瞬間、あ、凶器になると思いました)。 全然知らなかったので貰った瞬間落としそうになり、今年一番冷や汗をかきましたね。落として壊したらエラいことですよ。

 まァトロフィーを頂いた後には受賞者の挨拶があった訳ですが、これがよくなかった。昼の仕事の関係から人前で話すことにはあまり抵抗を感じないのですが、今回は事情が違いました。だって目の前に並ぶのは、中学生の時分から慣れ親しんできたミステリの生みの親たちなのです。そりゃ緊張するなと云う方が無理でしょう。

 長くなり過ぎないように、噛まないようにと気を付け過ぎた結果、贈呈式の挨拶は極めて無難なものとなりました。『乱歩謎解きクロニクル』で評論・研究部門の受賞をされた中相作先生のスピーチが実に軽妙洒脱だった分、余計にそれが際立ったのでしょうね。同伴した知人からは「会社の飲み会の挨拶みたい」と云われました。難しいものです。


 さて、翌日には西荻窪の「こけし屋」でトークイベントが開催されました。

 伊吹亜門としてあれこれ語るのは初めての経験だった訳ですが、相手役をお務め頂いた青柳碧人先生と司会の芦辺拓先生のお蔭で、何とか取り乱すこともなくお話しすることができたんじゃアないかなと思います(取り乱してなかったですよね?)。

 その後のサイン会では、初めて顔見知り以外の読者の方とお話しすることができ、とても貴重な体験となりました。

 閉会の際に東川篤哉先生もお話しされましたが、小説家というのはなかなかどうして孤独な稼業です。私も、会社から帰って夕食を済ませた後には、(仮令まったく進まなくとも)PCに向かうようにしているのですが、「これ、誰が読むんだろう」という仄暗い疑念が頭を過るのは決して一度や二度ではありません。

 今回の上京で、『刀と傘』を面白かったと云って下さる方にお会いできたことは、これからも書き続けていく上での大きな励みとなりました。本当にありがとうございます。

 トークイベントでも少しだけ触れましたが、そう遠くない内に、次作となる(筈の)鹿野師光が幕末の京都を駆け廻る長編ミステリをお披露目できるように今後も精進してまいります。二足の草鞋ゆえ歩みは遅いかも知れませんが、気長にお待ち頂けると幸いです。


 最後になりましたが、青柳先生や芦辺先生をはじめ、お世話になった先生方や出版社の方々、そしてサイン会で感想やお手紙を下さった読者の皆様に厚く御礼申し上げます。