He isn’t what he used to be.

2021年03月15日

※今回の酒樽奇談では、デヴィッド・スーシェ主演のテレビシリーズ『名探偵ポワロ』第24話「スズメバチの巣」の真相に言及している箇所があります。未視聴の方はご注意下さい。


 好きだったものがそうでなくなるというのは辛いものだ。

 昔は大好きだった料理がそれほど美味しく感じられなくなったり、学生時代の気のいい友人が、久しぶりに会うとすっかり冷笑的になっていて、一緒に酒を飲んでも厭な気分になるだけだった時などは、寂しさや虚しさ、それに向ける先のない腹立たしさを感じずにはいられない。

 それは小説にも同じことが云える。

 初読時は「傑作だ!」と感動した作品が、読み返した時にあまり愉しめないーーむしろ、鼻に付いて仕方ない時などは、何とも云えないやりきれなさを感じる。

 クリスティの「スズメバチの巣」で、私はその感情を体験した。正確にいうならば、原作となった掌編よりもデヴィッド・スーシェ主演のドラマで、だ。

 物語の概要は以下の通りである。


 夏祭りの会場で、ポワロは旧友の息子ハリスンと婚約者のモリーに出会う。会場には彫刻家のクロードもいた。彼はモリーとの婚約を解消し、今は良き友人としてつきあっているという。その後、モリーの車が、ブレーキがきかず立木に衝突する事故がおきる。そのブレーキはハリスンが直していた。さらに数日後、ハリスンの家に招かれたポワロは、庭でスズメバチに刺されてしまう。ハリスンは巣の始末をクロードに依頼していた。(以上、NHKの番組紹介から引用)


「スズメバチの巣」は、探偵が事件を未然に防ぐ物語だ。

 モリーとクロードが再び愛し合っていることを知ったハリスンは、病魔に侵された自分の余命が幾何もないこともあり、命を賭した或る計画を企てる。

 スズメバチの駆除に使う名目でクロードに青酸カリを購入させ、その上でハリスンは自ら青酸カリを呷ぎ自殺する。そうすることで「クロードが、モリーとの復縁に邪魔なハリスンを毒殺した」と見せかけようとしたのだ。ハリスンは直接クロードに手を下すのではなく、殺人という罪を被せて絞首台に送ろうとしたのである。

 幾つかの証拠からハリスンの計画を見抜いたポワロは、青酸カリを密かに洗濯ソーダと交換することで計画を挫く。打ちひしがれるハリスンだったが、最後の最後で人の道を踏み外さずに済んだことをポワロに感謝する。

 自分の命が尽きる前にまた会いたいと申し出たハリスンに対して、ポワロは笑顔で別れの挨拶をした……。



 初めてこの作品を観たのは、中学か高校の頃だったと思う。

 心の底から感動した。そして、やはりミステリとはこうでなくてはいけない!という思いを強くした。夢水清志郎で育った私にとって、やはり名探偵とは「皆が幸せになるように謎を解く存在」だったからだ。

 それ故、インタビュー等で影響を受けた作品について訊かれた際、必ず紹介したのはこの「スズメバチの巣」だったのだ。

 しかし、最近になってNHKのBSプレミアムで「スズメバチの巣」を久しぶりに観た時、私が抱いた感想は、今までとは全く異なるものだった。

 ドラマの終盤、ポワロは青酸カリを洗濯ソーダにすり替え、文字通り彼の命と、殺人罪をクロードにかぶせるという罪からハリスンを救う。その上で、ハリスンに彼の過ちを説いていく。

 私は耐えられず、そこでテレビの電源を切った。ポワロの行動が、酷く傲慢なものに思えて仕方なかったのだ。


 最近になって、どうにも探偵という存在の傲慢さが気になって仕方ないことがある。

 メルカトル鮎のように「そういう探偵」ならばいいのだが、そうでないとなると、どうもいけない。ぼんやりとしていて言葉にするのは難しいが、いうなれば、「ブラジル蝶の謎」の最後で、火村英生にぶつけられたものと同じ感情だ。

 今まで書いてきた作品のなかで、私は「名探偵 皆を集めて さてといい」形式の謎解きは殆どしてこなかったーー 否、出来なかった。衆人の眼前で犯人を名指しするという或る種の「辱め」を、自分で生み出した探偵にはやらせたくなかったのである(唯一の例外は「そして、佐賀の乱」の江藤さんだが、江藤新平は江藤新平だから構わないのだ)。

 ではどうすればいいのか。それが分からないからもどかしい。

「スズメバチの巣」でいうならば、余命数ヶ月とはいえハリスンの企てを黙って見過ごすことは許されないだろう。しかし、いわゆる「正義」で以てその計画を挫き、お前は間違っていると面と向かって云うのが正しいとはどうも思えない。ただ、まだ引き返すことの出来るハリスンに邪心を克服させるのは、やはり探偵の役目なような気もする。ううむ。

 探偵は「裁定者」なのか、それとも「観察者」なのか。今のところ、私にとっては後者なのかも知れない。

 尤も、この思いだって暫くしたら変わるのかも知れないけれど。