【新刊告知】『ゴールデンカムイ 鶴見篤四郎の宿願』

2025年10月12日

百合のように俯き帽子脱ぐときに胸に迫りぬ破約の歴史

榊原紘

 このたび、ご縁あって『ゴールデンカムイ』初となる公式スピンオフ小説の執筆を担当しました。

 お話を頂いたのは2024年の3月頃ごろだったと記憶しています。いち読者として楽しく接していた作品だけあって、ご指名頂いたことはこの上なく名誉なことだと感じる一方、果たしてお引き受けしてもよいものかは大変悩みました。

 同作初となる公式スピンオフ、そしてノベライズなのです。『ゴールデンカムイ』という作品の素晴らしさを損なうことなく小説の形に落とし込み、なおかつ新しい物語を創り出すことが出来るのだろうかと幾度も自問自答を繰り返しました。

 これはifの話ですが、もし依頼内容が「日露戦争を舞台とした小説」だったのならば、私は身を引いていたかも知れません。その題材で考えると、伊吹亜門よりも相応しい書き手の方がいるだろうと思ったからです。

 しかし、今回JUMP j BOOKS編集部の担当氏から頂いた企画書には「日露戦争の最中、陣中で起こった事件を鶴見が解決するミステリ」という文言がありました。

 求められている物は、日露戦争を題材としたミステリでした。そして、まさにそれは、デビュー以来10年間の長きに亘って(牛の歩みではあるものの)伊吹亜門が取り組んできた《歴史×本格ミステリ》という趣向に他なりません。俺がやらずしていったい誰に任せるのだと奮起し、最後には謹んでお引き受けした次第です。

 さて、とういう訳で――。


 二〇三高地戦最中、夜間の歩哨に立った谷垣一等卒は〈だるまヶ丘〉の霧の奥に或る兵士の姿を見掛ける。しかしそれは、先日の戦闘で死亡した筈の男だった。

第一話「幽霊歩哨」 《谷垣源次郎》


 苛烈さを増す二〇三高地戦。捕虜となったロシア兵たちは誰もが口を揃えてこう訴えた――「お前たち日本兵のなかには、白い軍服を着た者がいる。奴らはどれだけ弾を撃ち込んでもすぐに起き上がり決して死ななかった。あれはいったいどういう訳なんだ?」

第二話「白い日本兵」 《菊田杢太郎》


 ロシア海軍の高級将校が捕虜となる。二〇三高地攻略の鍵を握る相手の訊問は、ロシア語に長けた鶴見中尉が任された。しかし件の将校は、訊問用の天幕から忽然と姿を消してしまう。唯一の出入口を、宇佐美上等兵と前山一等卒が見張っていたのにも拘わらず。

第三話『羽二重天幕の密室』 《宇佐美時重》


 奉天会戦の最中、自陣にて日本兵が惨殺される事件が相次ぐ。現場の状況から鑑みて、犯人がロシアの斥候とは考えられない。尾形上等兵は上官たる鶴見から、同じ部隊に所属する斗南という軍曹を監視するように命じられるのだが……。

第四話「時にはやさしく見ないふり」 《尾形百之助》


 月島軍曹は鶴見から或る密命を受ける。それは、攻撃に消極的な司令官が現地視察に訪れる際、視察経路の脇に爆弾を仕掛けておくという物だった。爆破は成功し多くの将校が命を落とした一方、肝心の司令官は生き残ってしまった。失敗を悔やむ月島に、鶴見は構わないと答える。果たして鶴見の真意とは?

第五話「鶴見篤四郎は惑わない」 《月島基》


 鶴見中尉殿を中心とした第七師団内部の交流を中心に、日露戦争さなかの旅順・奉天だからこそ成立するミステリを目指しました。お楽しみ頂ければ幸いです。

 最後になりましたが、週刊連載というご多忙中にも拘わりませず詳細なキャラクター監修を頂きました原作者の野田サトル先生、またヤングジャンプ編集部とJUMP j BOOKS編集部の皆様に心から御礼申し上げます。

 それでは次回作、平安時代から令和まで、様々な時代の《海》を舞台とした歴史×海洋なミステリ連作でお会いしましょう。