【新作告知】「霧の岬の男」

2025年11月11日

 嘉永2年、夏。

 尾張藩領知多郡師崎村の砂浜に現われたのは、髪は赤く、腰から下は大きな鰭のようであり、しかし顔面は無残に叩き潰された奇怪な死骸だった。

 ひと目見るや否や、師崎の漁民たちは人魚に相違ないと噂し始める。古来より、人魚の出現は国家安寧の瑞兆とされてきたのである。

 死骸の出現は尾張藩を通じて幕府に報告されたものの、老中首座・水野忠邦による所謂「天保の改革」の失敗、また相次ぐ異国船の来訪に手を焼く幕府は、左様な些事に構っている暇はなかった。

 尤も相手は御三家筆頭たる尾張藩、熱心な申し出を無碍には出来ず、議論の結果、剛健質朴、博覧強記で知られる書物奉行の入舟清光を現地に派遣するのだが―――。

 『WEB小説推理』2025年12月号に「霧の岬の男」という短編を寄稿しました。

 《歴史×海洋・船舶》を主題とした連作ミステリの3作目。平安時代の遣唐使船、戦国時代の安宅船に続いて、今回は江戸時代後期の尾張藩を選びました。本作もまた、日本近海に異国船が現れ始めた嘉永2年だからこそ成立するミステリを目指しました。お楽しみ頂ければ幸いです。

 ……ちなみに、本作に登場する鹿野松明丸という純朴な少年が、のちに尾張藩内で登用され、やがては公用人として天誅の嵐吹き荒れる動乱の京都へ赴くことになるのですが、それはまた別のお話なのです。