【新刊告知】『幻月と探偵』

2021年08月28日

「お金だけが人生のすべてじゃない」

「あたしもそういう考えだったのよ。こんなことになるまではね。あんた、自分は社会改良家だとでも思ってるの?」

「そうは思ってない。ただ、社会の悪と闘ってるまでのことさ」

ロス・マクドナルド/宇野輝雄 訳『ブラック・マネー』



 昭和13年冬、満洲。

 哈爾浜の裏通りに事務所を構える探偵、月寒三四郎の元を、身形の良い紳士が訪れる。男は名うての革新官僚、岸信介の遣いであり、或る極秘案件のため岸が会いたがっている旨を月寒に告げた。

 招きに応じて新京へ赴いた月寒を岸は歓迎し、遠方から呼び付けたことを詫びながら、早速依頼の内容を打ち明ける。

「......本当に、何からお話ししていいものか悩みますが、私の秘書を務めていた瀧山秀一という男がおりましてね。その彼が、三日前に急逝しました。調べて貰いたいのは、その件についてなんです」

 瀧山は退役陸軍中将、小柳津義稙の孫娘である千代子と婚約しており、その晩も小柳津邸での晩餐会に招待されていた。瀧山が倒れたのは、そんな晩餐会からの帰路だった。大吐血し、手当を施す間もなく絶命した瀧山は、表向きこそ病死ということになっているが、屍体には不審な点も多く、岸は、晩餐会の席で遅効性の毒を盛られたのではないかと強く疑っていたのだ。

 依頼を引き受けた月寒は千代子の協力を得て、早速、哈爾浜郊外の小高い丘に建つ小柳津家の館を訪れる。

 そしてそれをきっかけに、月寒は不可解な連続毒殺事件、そして満洲全土を股に掛けた凶悪な一大陰謀の渦中に巻き込まれていくこととなる——。



 ご無沙汰しております。

 前々からお報せしていました《満洲×本格ミステリ》を、何とかお届けすることが叶いました。あの伊吹亜門が年に2冊も本を出すなんて! と自分でも驚いていますが、空前絶後とならないように頑張ります。

 カドカワの担当氏との間で「舞台は満洲にしよう」と決まったのは2019年10月のこと。ちょうど、鮎川賞・ミステリーズ!新人賞の授賞式前に、飯田橋のホテルの喫茶店で打ち合わせをしていた時でした。

 それから満洲について色々と調べ始めた訳ですが、今になって思えば、プロットを読んだ担当氏の「実にクラシカルなミステリ」という感想が、意外とこの作品を的確に表しているんじゃないかなァと思ったりします。クラシカル、いい響きですね。

 厳寒の満洲と灼熱のシベリア、そして現在の罪と過去の罪が交差するひとつながりの惨劇に、人間に絶望しながらも嫌いになれない、どこまでも孤独でしかしお節介な探偵、月寒三四郎が挑みます。

 お楽しみ頂けたら幸いです。



 書きたい物語は山ほどありますが、時間は有限、無理は後で祟って来ますから、一歩一歩それこそ牛のように超然と押していきたいものです。

 一先ずは次回作の舞台、光と影が交差する我らが京都でお会いしましょう。